スーパーカー・タクシーはどうだろう?

穂滝薫理



 1.タクシー業界の取るべき戦略

 どうやら、日本の景気は上向いてきたようだが、タクシー業界は、なかなか厳しいものがあるという。それはひとえに、タクシー料金の値下げに原因がある。我々消費者にとって、なにごとによらず値下げは歓迎すべきことではあるが、販売者もしくは、サービス提供者にとっては、そうではない。タクシーも、運転手にとっては、料金の値下げは当然ながら収入の減少を意味する。いままでと同じ収入を得ようと思ったら、営業時間をのばすしか方法はなく、つまり早朝から深夜まで働かなくてはならない。車を運転する人は同意していただけると思うが、長時間の運転は、ほとほと疲れるものである。疲れると注意力が散漫になり、事故も起こしやすくなるし、イライラして接客の態度にまで出てしまう。そのため、客離れが起こり、長時間働いたにも関わらず収入が増えないという、負のスパイラルに陥っているとのことだ。
 このような悪循環を防ぐため、販売者またはサービス業者は、商品に付加価値をつけることによって、価格を維持しようとするのが普通だ。
 そこで、タクシー業界に提案があるのだが、スーパーカー・タクシーはどうだろう?
 つまり、タクシーの車種をフェラーリやランボルギーニ、ポルシェなどのスーパーカーにし、それら一般庶民にはあこがれの車に乗れるという付加価値をもって、高いタクシー料金を維持するという戦略だ。考えてみれば、タクシーは生活必需品ではなく、言わば贅沢品だ。たんに移動の手段であれば、もっと安いバスや電車があるし、自転車や徒歩で移動したって構わない。タクシーは、お金に余裕がある人が乗るもの、あるいは高い料金を払ってでも利用する必要がある人が乗るもの、という位置づけで問題はなかったはずだ。にもかかわらずタクシー業者が値下げ戦略をとったのは、それによって利用者を増やし、収入アップが目的だった。しかし、それがうまくいかなかった今、タクシーは、高付加価値、高価格という戦略を取るしかないのではないか。
 そもそも車は、人なり物なりをある地点から別の地点まで運ぶ道具にすぎない。しかし、現在では、車に乗ることそのものを楽しむことが普通になっている。夢のスーパーカーは、乗ること自体が目的という人々の要請にも合っている。たとえ初乗り料金が3000円くらいしたって、私なら、一生に一度くらいはフェラーリに乗ってみたい。移動などどうでもよい。乗ること自体が目的であっても構わないのだ。それに、そのような高級車は上流階級のステイタスとなり、お金持ちの人はいつも利用してくれるということが期待できる。特に芸能人や文化人にはその傾向が強いであろう。
 景気が上向きかけた今こそ、タクシー会社は、スーパーカー・タクシーを採用すべきである。

2.スーパーカー・タクシーの実際

 スーパーカーとは、1970年代に子供たち(私とか)の間で流行した、高級スポーツカーのことである。具体的には、フェラーリー、ランボルギーニ、ポルシェ、ランチアなどの自動車メーカーの車を言う。シボレーや、ロータスなんかも加えてもいいだろう。基本的には、1台が数千万円もし、とても我々には買えそうもない車だ。そればかりか、私など、一生乗ることもないだろう。タクシー業者としてこれら高級車をそろえるには、それなりの初期投資が必要となるが、乗車料金を高く設定できることから、回収率も高く、最初は赤字でも数年でもとが取れるだろう。
 上流階級の人間の利用を主な収入と考えると、電話などでの呼び出し送迎が多くなるかもしれないが、私としてはぜひ街を流していてもらいたい。金曜日の夜など、よっぱらったサラリーマンなどが、酒の勢いと見栄で呼び止めてくれるはずである。なにせ、1970年代に子供だった人間は、いまや小金を持つ世代になっているのである。
 スーパーカーの欠点は、ツーシーター車が多いということだろう。つまり、座席が2つしかない。席の1つには当然運転手が座っているから、あと1人しか乗れないことになる。しかし、この点については、やむをえないかもしれない。私などは、仮にタクシーに乗ることがあっても、3人とか4人の同乗者がいて割り勘にすることが多いが、必要な人は1人でも乗るのだから、心配したほどではないとも思われる。要するに、そういうもんだと認識されてしまえば、問題はなかろう。
 観光地は、スーパーカー・タクシーにとって、かせぎ所となるだろう。西海岸あたりを、テスタロッサなどで、おしゃれな音楽でも流しながら走れば、一人旅の女性などは必ず乗る。それはもう、移動ではなく、ドライブになるのである。
 料金の設定は、悩ましいところだ。お金に余裕のある人がターゲットとは言え、需要と供給の関係は生きているから、あまり高く設定しすぎると誰も乗ってくれなくなる。車種によって、料金を変えるというのが有効かもしれない。例えば、ポルシェならワンメーター2000円で、カウンタックなら5000円といった具合に。しかし、一生乗れないと思っていたカウンタックに5000円で乗れるなら、私でも1回くらいは乗ってしまうだろう(よっぱらって気が大きくなっている必要があるかもしれない)。
 このように、同じ距離を走っても通常のタクシーの数倍の収入が得られるなら、運転手の労働時間も減り、心に余裕ができ、サービスの向上にもつながるであろう。誇りを持って仕事ができるようになるに違いない。会社のイメージ戦略として、運転手に新しい呼び名を与えるのもいい手かもしれない。パイロット、くらいは言ってもいいのではないか。もう「運ちゃん」などとは呼ばせない。

3.スーパーカー・タクシーの未来

 乗ること自体を楽しむ、それが、本来のスーパーカー・タクシーの存在意義である。しかし、であれば、なにもスーパーカーに限らなくてもいいのではないか。そう考えると、タクシー会社の次の戦略が見えてくる。例えば、クラシックカー・タクシーはどうだろう? また、F1カー・タクシーなども、ぜひ乗ってみたいと思わせる、いい選択だ。ブルドーザーやショベルカーなど、子供に大人気の重機タクシーなど、親子で乗ったら本当に楽しそうだ。ただし、これらは、座席が1つしかなかったりするから、タクシー用の改造は必要となるだろう。消防車なども子供は乗りたがるだろうが、さすがに緊急車両は営業許可が出ないかもしれない。
 もうひとつ、トヨタなどが、タクシー用の特殊車両を開発することも考えられる。ディズニーなどと提携すれば、より乗ることが楽しくなるような(ただし女子供向けの)車も作られるだろう。スーパーカー・タクシーには、今や日本の基幹産業となった自動車業界をも巻き込んだ、明るい未来が待っているのだ。





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