探し物は何ですか

さうす



 紛失物。探し物、失せ物、失くし物とも言うが、本来あるべき場所に対象物が存在しないことを指す。
 特に忙しいときに限って、ついさっきまで使用していたはずの物体の所在地情報をロストしてしまい、その探索に無駄な時間を滔々と費やす、という行動を上回るほど腹立たしい状況というのは、そう無いのではあるまいか。

 紛失物とはとにかく見つけにくいものだ。カバンや机の中など、ありそうな場所を念入りに探してもどうしても見つからない、という事が多い。
 しかし、先ほどまで使っていたのだから、今いる部屋の中から物理的に消失しているとは考え難い。こうなると意地も手伝って、探すのをやめて同じ物をもう一組購入しよう、などという敗北めいた選択肢は、もはやありえないものとなる。もちろん、易々と買えない物であればなおさらだ。
 いやはや、こんな有様では、なぜか思わず踊りたくもなるというものだ。

 なぜ唐突にこんな話を持ち出したのかといえば、今まさに筆者は、先ほど使ったばかりのOSのインストールCD-ROMが見つけられなくて、この入稿時期の忙しい時に悶々としながら本論文を書いているのである。

 さて、ひとたび表層部分を光学的に探索しても見つからなくなってしまった物体を探すためには、部屋を片付ける必要がある。というのも、片付けが億劫で、いつも部屋が散らかっているようなタイプの人には経験があるだろうが、物体の間に紛れ込んだ紛失物を探すためには、否応無く部屋を片付けて物体同士の秩序を取り戻す旅に出ざるを得なくなるわけなのだ。

 これには反論もあるだろう。探し物を探しているうちに、余計に部屋が散らかってしまった事も多い、と。
 しかしそれは「類似例の混同」というものだ。つまり、同じ探し物であっても、「部屋内もしくは家屋内にあると分かっているが、長期に使用していなかったためしまいこんでいる」と思われる品物で、よって、手の届かないような棚の中や押入れの奥にあるものを、出したり戻したりしているうちに部屋中を引っ掻き回してしまった、という場合に過ぎない。

 この論の対象となる紛失物というのは、「今さっきまで使っていたもの」を失くした場合である。このような場合、対象物が置いてあった周囲や身の回りを中心に探すに違いないからだ。そうした場合に、その場所が散らかっていると対象物が見つけられないので、整理し片付けようと自然に思わせる強い動機となる。

 どうしても見つけられなければ、そのまま片付けを継続するだろうが、見つかったとたんに片付けをやめてしまうだろうから、もし最後の最後まで見つからなければ、そのころ部屋は驚くほどピッカピカに片付いているに違いない。

 普段、部屋を片付けようという動機を持てない筆者のようなタイプの人間にとって、この事実は見逃せないのでは? このようにすばらしい利点は逆手に取って利用しようではないか。意識的に失くすのは難しいから、もし、自動紛失機など発明出来たら、さぞかし便利だろうなとまで思わせるのである。

 さあ、部屋を片付けるために物を失くそう。

 ……と、机上理論の論文がひとつ思いついたぞ、とか言いながら、探し物はほったらかしでキーボードに向かっていたのだが、どうやらこの「整理すると見つかる」法則は物理的な形状を持つ物体に限らず、無形のものである思考にも適用されているのではなかろうか、と思わせる出来事に遭遇した。

 というのも、この論文の論旨を整理しているうちに、視線の向こうで件のCD-ROMが見つかったのである。すばらしい。





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