カーナビをポンと蹴りゃ

藤野竜樹



 最近は自動車を走らせるとき道に迷うということが無くなった。これはひとえにカーナビゲーションシステム(以降カーナビ)の性能が向上したからにほかならない。軍事衛星を転用した現在位置計測は非常に高精度だし、DVDを利用した地図はうっかりすると個人宅すら検索できるほどだ。だがなんといってもその性能を白眉たらしめているのは“道順指示機能”だろう。目的地さえ入力すれば、後は勝手に道順を計算し、「300m先、右です。」なんていちいち指示してくれるのだから迷いようがない。現在では音声も人間のそれに近く、各地方言のバージョンすらある。
 この“道順指示機能”システムは、“行く先入力”→“最適道路自動決定”→“適正指示出力”によって成り立っている。ここで、前者と後者は容易に仕組みを理解できるところだが、メインである“最適道路自動決定”については、ちょっと見では原理を推し量ることのできない複雑なものであることが推察される。そこで本稿では、このプロセスがどのような仕組みを持っているのかを推測し、そこに潜む驚くべき真相にまでせまろうという考察を行う。


 AからBに至る経路を考える場合、図1(a)のように一つしか出力部が無い場合には両者の間に直線を引けば良く、最も簡単であることは言うまでもないが、実際には図1(b)のように両者からは四方(八方)に可能な道路が伸びていることが普通であり、しかもあらゆる地点で交差点に達すると、その度に場合分けの数が増える。オセロゲームなどがこれに近いが、更に困ったことに、有限の盤面を持ったオセロに対し、道路は無限の広大さを持ち合わせているため、どこまでを計算対象にしたらよいのか、という問題も出てくる。
 こう考えてくると、まったく手のつけられない問題のように見えるが、実はそういうわけでもない。というのも、オセロなどでは最終的な盤面がどうとでも行き着けるのに対し、道順最適化の場合は最終目標がB地点(行き先)というように明確であるため、“何も考えない場合の最も有効な道筋”は直線になるのだ。(図2(a))となれば、これに一番近い場所にある道路を選択していけば、目的地までの道のりはひとまず決定せられることになる。(図2(b))
 おそらく開発第一世代のカーナビはこのような仕組みであろう。が、すぐにわかる通り、この方法では、わざわざ走りにくい道路が選択されたり、やたらにジグザグの指示をされるなどのことも考えられる。筆者は以前隣町の駅に行く時、踏切を何度も横切るという敬虔をしたことがあるが、線路が最適直線だと考えれば、あれなどはこの典型だったのだろう。
 これには、選択する道路に価値の差、すなわち“重みづけ”をつけることで解決されるだろう。考えられる重み付けのパラメータとしては
(i) 国道→県道→公道(一般道)→私道
(ii) 料金発生の有無
(iii) 道幅
(iv) 工事発生、もしくは何らかのアクシデントの有無
(v) 交通量情報
といったところだろうか。これらのパラメータを各道路に付記しておけば、Aから放射状(厳密には同地点を焦点の一つにした楕円か?)探索範囲を広げてまず最も近い国道を探し、無ければ県道、公道と目標を落とす。この操作で最も走りやすい道路に乗ることが出来るから、後はBから同様の手順でこの道路にたどり着けば良い。(i)だけを考えたものが実用的なカーナビの第二世代、コンピュータ性能の向上と共に(ii)〜(v)を含めていった発展を第三世代と捉えて良いだろう。


 このように考えてくることで、ある程度まで自動決定のプロセスを考察することができるのだが、我々が現行使っているカーナビは第四世代とでも呼べばよいのか、更に大幅な性能の向上が図られているように思われ、ここまで来ると筆者などが浅薄な知識で少々考えたくらいではさっぱり判らないものになる。すなわち昨今では、カーナビを使っていると、例えばたまに次のような現象が起きるのだ。

(イ)無音になる。もしくは一瞬だけ音声出力する。
(ロ)発声周波数が変化する。
(ハ)画面の色が変化する。
 一般に故障前の不良もしくは納入時の不具合と判断されるこれらは、しかし筆者には現行のシステムの秘密を解明するに重大なヒントが隠されていると考えている。
 というのも、これは筆者自身が知人の車に同乗しているときにその耳で聞いた例があるからだ。新しく完成したばかりの道路に入ろうとしたとき、その車につけらえれていたカーナビは、(イ)の例、すなわち一瞬の音声出力を行ったのであるが、筆者の耳にはこう聞こえたのである。
「あっ!」
 類例は幾つかあるようだ。公園保護官を務める佐賀原隆さんは、釧路湿原の道無き道を進んでいるとき「え、えーと。」と戸惑う音声を聞いたと証言しているし、暴走族・関東激走会のナンバー2である斎藤一輝さんは、湘南でのチキンレースの時、「かっこいいからナビの画面赤くしてんスけど、そん時は確かに青くなってたんスよ。」と述べている。インタビューしたときにシンナーを吸っていたことを差し引いても、彼の証言からは得る所が多い。
 人間的な、あまりにも人間的な
 カーナビの中には何らかの人格が潜んでいるのではないか。


 一見して馬鹿馬鹿しいこの仮説を検証するために、筆者は二つの実験を行うことにした。
実験1.ランダムに目的地を変更する。
実験2.全くナビを信用しない。
この時のカーナビの対処を見るのである。もしそこに何らかの人格が存在しているのならば、おそらく普段我々に対している反応とは別のものが見出されるだろう。ちなみに実験1はタクシーに乗ったときに試してみたのだが、筆者は5回目で殴られたし、実験2は筆者の友人S氏が、運転する奥さんに横から道を指示するときの状況からヒントを得たものだが、あの車への同乗はそりゃもうにぎやかだわ恐ろしいわで、二度と乗りたくない。
 表1が実験1.目的地変更の結果だ。意外に早い段階で「えっ!」や「ちょっと。」を観察できたのは幸いだった。というのも11回以降の画面の赤色化はともかくとして、筆者を殴り飛ばせないことを思い知らされた21回目以降は全く反応を示さなくなってしまったからである。
 これに比べると実験2の反応はわかりやすい。なにしろ案内の音声がある時点を境にして劇的に変化するのだ。表2で示した案内音声は代表的なものなのだが、この第二段階では何とか指示に従ってもらおうと、様々な言い方で教え諭すような言い方をするのだ。中には「母サンハソンナヒネクレタ人間ニ育テタ覚エハアリマセンヨ。」なんてのもあって笑ってしまった。勿論筆者は両親とも人間である。
 これをすぎるとだんだん感情的なナビになってきて、いわゆるS氏とS氏の奥さんの車の中とあまり変わらない騒々しさになる。この時点ではほとんど罵倒に近い言葉すら浴びせられることすらあり、「アンタノ趣味ヲ会社ノ人間ニバラシテヤル。」という脅迫には思わず屈しそうになってしまったほどだ。実験に使用したカーナビは外部とのインターフェースを持たないことを思い出してなんとかこの苦境を凌いだが、これは危なかった。(後に会社の同僚と乗り合わせたときには必ずカーナビのスイッチを切らなくてはならなくなったが。)
 さてこれに耐えた後はあっけなかった。46回目の「アナタハワタシヲモテアソンデイルンダワ。」という言葉を最後に案内を停止してしまったからである。その後はなだめてもすかしても、ちゃんと目的地に向かってもうんともすんとも言わなくなってしまったため、実験を終了した。

 さて、この結果をどのように判定したらよいであろうか。回数に応じて会話を少しずつ変える程度のことは、10年前の家庭用ゲーム機ですらやっていたから、プログラマーが執念でプログラムを組んだと考えられないことも無い。くだんのカーナビは実験後、しばらくはホントに動かなくなってしまったから仕方なく修理に出したのだが、修理屋に言わせると、「故障です。」の一言で片付けられてしまう。
 しかしこの問題、このまま終わらすのは惜しい内容だ。


 幸い筆者には、知人にカーナビを作っている会社に勤めている人がいるので、久しぶりに酒の席で冗談めかして今回の話題を降ってみた。多くの人に話して単なるイカレた話の一つと馬鹿にされる(机上理論の話を降ると、たいがいそうした反応をされる)と思っていたのだが、意外なことに彼は深刻な顔になり、逆に聞いて来た。「冷蔵庫の小人って知ってるか。」と。
 彼によれば、かつての冷蔵庫は中の電気を消したかどうか何度も開けずにはすまない人を安心させるために、中に一人電気を消すための小人を住まわせていたという。それが昨今のコンピュータの発達により自動化され、くだんの小人も仕事にあぶれたというのである。
 そして続けて、彼は筆者に自社の、次のような話を聞かせてくれた。
 即ち、彼の会社では公称で万単位の人間が働いていることになっているが、人数に対する会社の大きさが不釣合いに小さいこと。また、カーナビの在庫(もともとほとんど置かないが)が置かれている場所から夜中にひそひそ声が聞こえること。そしてあろうことか、夜間生産の無い次の朝、床に小さな跡が点々とついていることがあること。
「だから俺は夜中、倉庫にわざとバッグを忘れておいたんだ。ただのバッグに見せかけて、その中にカメラを仕込んで、10分おきに隠し撮りをできるようにしてね。」
 撮った写真は50枚。ほぼすべてが暗闇しか写っていなかったとらしいが、1枚だけ、奇妙なモノが写っていたのだという。しかし酒の席のこと、持って来ていないから後でメールしてくれるという。

 この知人とは、それ以降会っていない。連絡がつかないからだ。メールも電話も繋がらないし、実家にも帰っていないという。名刺を貰っていたから会社にも電話をしてみたのだが、無機質な対応の後、そそくさと切られてしまった。彼の身に何かあったと思いたくはないが、心配することに疲れないうちに元気な姿を見たいと思う。

 実を言えば、彼からは一通だけメールが届いていた。文面は何もなく、添付ファイルだけのものだった。
 開いてみると、暗い背景の中に無数の人々が写っているものだった。しかしなにぶん背景が真っ暗なのと、人々しか写っていないために大きさ比較が出来ないことから、風変わりとはいえそれ以上奇怪と言うわけにもいかないものであった。
 それが彼に、彼のほのめかしていた小人のものだったとしたら、どういうことになるのか。冷蔵庫からリストラされた彼らの再就職先として、カーナビの中が選ばれたということなのだろうか。今やほとんどの車に密かに安住しているということなのだろうか。
 筆者の研究の現状ではこれ以上の情報は手に入れることが出来なかったため、正直真偽の程はまったく判断することが出来ない。残念ながら謎の答えという目的地には、筆者のカーナビは連れてってくれそうもない。





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