イチローが4割打てない理由

穂滝薫理



アメリカ大リーグでの日本人選手の活躍には、誰でも胸を躍らされることだろう。たんに大リーグでプレーするというだけでなく、大変な好成績をおさめているとなればなおさらだ。特にシアトル・マリナーズのイチロー選手は、初の野手として大リーグ入りし、打撃に守備に盗塁にと大活躍を見せてわれわれ日本人をおおいに喜ばせてくれた。
 ところで、バッターの成績は3割を超えれば優秀だと言われる。「夢の4割」という言葉もあり、どんなに偉大なバッターでも、4割を超えることはめったにないことである。さすがのイチロー選手も4割は打てておらず、大リーグへ行ってからの成績は、

 2001年 3割5分0厘
 2002年 3割2分1厘
 2003年 3割1分2厘

である。それでも、日本にいたときから連続10年、3割以上を打っているというのはすごい記録であり、やはり偉大なバッターだと言わざるをえない。
 ここで、あまり野球をご存知でないかたのために、3割とか4割とかがなんのことなのか説明しておこう。
 バッターボックスに立ったバッターは、必ず次の3つのうちのどれかの結果を迎える。すなわち、アウト、出塁、ホームランである。ものすごくおおざっぱに言うと、何試合かやってバッターボックスに立った回数のうち、結果が出塁もしくはホームランになった数が、打率と呼ばれるもので、これを何割何分何厘と表わす。たとえば、100回バッターボックスに立ち、そのうち30回ヒットを打って出塁したら、打率は3割である。つまり、イチロー選手は、いつも打率3割を超えるので、3回バッターボックスに立ったら、そのうち必ず1回は塁に出るかホームランを打つということである。
 だけど、なぜどんなバッターでも4割を超えることができないのだろう?
 そこで、スコアブックのつけかたを参考に、バッターボックスに立ったバッターが迎える結果をもう少し詳しく調べてみた。

表1:1打席終了後のバッターが迎える結果

 これは、記録としてスコアブックに残される全結果である。これを見ればわかるように、実際には26の結果が起こりうる。ちなみに、6の野選とは、野手がボールを取ったものの、ボールを投げる塁を誤ってセーフになったもの。23のオーバーランは、たとえばツーベースヒットを打ったものの、2塁ベースを大きく踏み越えてしまいそこでタッチアウトとなったもの。反則打球とは、バッターボックスから足をはみ出して打ったものである。
 これらのうち、1から6は、バッターボックスに立ってなにがしかの結果を出したものの、「打数」には入らない。そして、9の内野安打から14のホームランまでが、「安打」と呼ばれるものである。さきほどは打率をおおざっぱに言ったが、正確な打率は、「安打÷打数」で計算する。つまり、フォアボールになった場合などは、塁には出ても打率には影響を与えないのである。同様に送りバントをした場合は、アウトになっても打率は下がらない。
 つまり、全26の可能性のうち、9から26までの18種類が打数としてカウントされうる結果であり、そのうち9から14の6種類が安打としてカウントされうる結果である。言い直すと、バッターボックスに立ったバッターが迎える結果のうち、打率として計算されるのは、打数18種類、安打6種類ということだ。このことから、安打6種類÷打数18種類=0.3333……となり、平均的にいってバッターの打率は3割3分3厘となるのである!
 もちろん、ピッチャーとバッターの力の差があれば、この率は変わってくる。ピッチャーの力が勝れば打率は2割1割と抑えられるだろうし、バッターのほうが勝れば打率が4割を超えることもありうる。高校野球や草野球では往々にしてそういうことがあり、中には8割も打つバッターもたまに現われるくらいである。しかし、野球を本業とし、ピッチャーとバッターの力が拮抗しているプロの世界ではそうはいかない。力の差がなくなればなくなるほど打率は3割3分3厘に近づくとも言えそうだが、実際には、ピッチャーは毎試合違う人になるし、1試合の中での途中交代もある。これに対してバッターのほうは1シーズン140試合(大リーグの場合は162試合)1人で戦わなくてはならない。最初からピッチャーに有利であるのは目に見えている。3割どころか2割5分でも打てれば、バッターとしては悪くない成績なのである。
 こうしてイチロー選手が4割打てない理由が明らかになったのだが、もちろん、だからといって彼の偉大さは少しも損なわれるものではない。

参考文献:草野球のためのスコアブックのつけ方
http://www.h3.dion.ne.jp/~pitimi/score-book/index.html



論文リストへ