悪は黒薔薇のように

加藤法之




 最早慢性的にすらなりつつある不景気に、消費行動は沈静化し、企業側も新たな雇用の確保には消極的である。就職戦線はビュルム氷期と化し、凍て付いたキャンパスにはマンモスの牙を採取する中国人が跋扈するようになって久しい。だが、こうした時節にあって、学生達に積極的に門戸を開き続けている企業がある。それは有史以来という膨大な社史を持ち、世界的企業ネットワークを誇る影の世界コンツェルン、悪の秘密結社である。
 ショッカー,黒十字,ドクーガなど、名だたる有名企業を傘下にする同社は、世界征服から幼稚園児を泣かすことまで、日夜幅広く暗躍しているが、一週間に怪人(係長待遇)と戦闘員(平)を複数人過労死に追いやってしまうほど過酷な仕事であるため、従業員の確保は常に行わなければならないのである。
 そうした実状からも察せられるとおり、同社において定年までその職務を全うするのは至難とされる。しかし、それがどうしたというのだ、膝を抱えた鬱屈の中に日々を埋没させているだけの生活、単調が長調を凌駕して久しい静止した脳機能、あなたにとっての現実があなたに限りない停滞を強いていると感じるなら、同職場が少々過酷であることくらいで後込みしていて良いはずがない。誰もがその名を無意識に知覚するほどの大企業が門戸を開放してのだ、あなたがそこで己を賭けることになんの躊躇がいるだろうか。あなたが一度でもフェリス女子校を...あれ...女子校制服を...いや...世界征服を目指したことがあるなら、あなたはもう彼の企業で働く素質をその胸の内に潜めているに違いないのだ。いや、女子高制服と聞いてきらめき高校の制服を思い浮かべるような人はもう才能があるとさえ言いきっても良い。あなたは行くべきだ。心の闇に蠢くその素質、広げずに終わらせるには惜しいではないか、あなたは彼の企業を目指すがよい。そしてエリート、大幹部、この木何の木気になる木だ。  そしてゆくゆくはその頂点に君臨するがよい。そこではあなたがその気になれば、己ではなく己以外のもの全てを変える力を手にすることが出来るのだから。あなたの現実があなたに満足を与えないのなら、あなたの持ち得る本来の能力を、あなたの周りが縛り付けていると思うのなら...。
 あなたはもう、世界を革命するしかないでしょう。

 かくして、以下は悪の秘密結社における処し方を記述していくのであるが、そうは言うものの実際、同社における昇進競争は非情なまでに厳しい。勧誘しといて変かも知れないが、同社の実状を知って気を引き締めるためにも、(財)年末チャリティ基金協会発行の薄幸新聞二月号にも載った、同社社員のある悲劇を紹介することから始める。
 三年間地道に戦闘員を続けてきたA氏は、その真面目な悪行を買われて改造手術を受け、怪人に昇進することが出来た。氏はその夜、鋏と化した手で息子にプレゼントの変身ベルトを渡すとき、「やったねパパ、明日はホームランだ!」などと言われて我が身の幸福を甘受したものだ。だがそのささやかな幸せは余りにもあっけなく崩壊した。氏は次の日の仕事で、無惨にも自分がかっ飛ばされてしまったのだ。氏の亡骸は工事現場で木っ端微塵と化し、今ではニュータウンの礎となっている。そして何より氏のご子息は、失意のあまり少年ライダー隊を脱隊してしまったのである。
 日頃表面化してこないが、同社においてこの様な悲劇は数知れない。この会社で這い上がるのは、諸星あたる達と付き合うのと同じ位、並大抵のことではないのだ。

 厳しい幹部への道を自らの力だけで登りつめることは、この例だけでも大変な困難を要すると推察していただけよう。が、幸いなことに、現在ではこうした幹部を目指す人々に対し、ノウハウを提供する機関というのが存在する。悪の秘密結社では昇進を決定する際の基準の一つに、同社独自の基準で定めた資格を有するかどうかも含まれているのであるが、その、数段階から成る資格級の取得を目標とした指導を行う機関があるのだ。
 同機関は、悪の秘密結社内で定めた基準、総統,大幹部,中幹部,小幹部,怪人のそれぞれの階級を目指したコースを設け、各コース毎に一流の先生方が揃い、柔軟できめ細やかな指導を行っている。テキストはバインダー式になっていて、一日十五分ほどの練習でこなせる配分をしているため、日々の生活に差し支えることない鍛錬が可能となっている。このため、信号無視、立ち小便、スカートめくりなど、毎日ほんの少しの悪行の積み重ねで、ほぅら気付けば大悪党。実際、幹部候補生試験合格者の80%が同機関を利用しているとのことだ。今なら入会の方全員にショッカーのプレミアム金ベルトが付いてお得なのだそうだ。
 この機関の事は月間少女アクアクに掲載された広告、“日幹の美子ちゃん”を資料としたのだが、その中の記事、現在中幹部で、一つ上級の大幹部コースを受講しているガラガランダさんはこう語っている。「最初は半信半疑だったんですよね。だけど始めてみてその効果にビックリ! 毎日ちょっと日本各地で無差別テロを行っただけで、気付いたら鏡の向こうの自分が化け物になってるんですもの。これは昇進間違いないって思いましたよね。」
 また、中幹部コースを受講したというイカデビルさんはこう述べている。「私は、ひ弱な体つきだったので、どちらかと言えば人気が無く、女性にももてませんでした。ですがこのコースで練習を始めてからはメキメキと頭角を現すことができ、自分の身体にも自信がつきました。」と、真夏の海岸で太陽の下、彼は女性に囲まれた中でイカの腕を自慢げに掲げている。(贅言するが、彼女らはスルメを焙っているのではない。)同資料には他にも写真が掲載されているが、ダイエット効果もあるのか、使用前使用後という部分を見ると、死神博士さんは昔岡田斗司夫(仮名)氏だったことが判る。
 一応もう一人、怪人コース受講中のアントマン君のインタビューも載っているのだが、筆者にはちょっと解読できそうもないのでそのまま載せる。
「イーイィイーイイー、イイィイーイーイー。イイイーイーイィイイー(笑)。」

 昇進への具体的指導は上記の機関に任せるとして、ここからは、あなたが無事入社を果たした後、覚えておいた方がよいマナーについて述べる。
 どんなにあなたに才能があっても、やはり最初は下っ端から始めなければならない。そうした時に、仕事中事故にあってあえなく殉職の憂き目にあっては全くつまらない。ヒーローやFBIの捜査官にやられるのならまだしも、おやっさんや山本リンダにやられるのでは、家族は情けなくて葬式の時に死因の説明もできないではないか。であるから、あなたが戦闘員のうちはとにかく何とかして死なないでいることが第一である。よって、戦闘員の内のマナーもいきおいそういった性質を帯びている。

・ 戦闘員は、同じコスチュームを身に付けなければならない。
・ 戦闘員は、高音短声しか発してはならない。

 昇進するには己をアピールしなければならないという一般企業の常識からすれば、一見矛盾しているように見えるが、この二つは戦闘員にとって間違いなく重要な遵守履行項目なのである。そして更に言えばこれは特に、仕事が戦闘になるときに気を付けなければいけないものである。一回の仕事における作業従事者の死亡率が80%を越える同職場では、爆弾抱えて敵陣に突っ込んで行くといったまともな方法では生き残るなど到底適わない。ではどうするか、これについて、盛岡から上京して半年ほど戦闘員をしていたことがあるウサギ獣人さんは語る。「オレがはじめてせんといん部隊で仕事さつぐ時よ。木の切り株の根っごで転げで、気絶しちまったんだ(↑)。んで気付いで見たらいやー何としだこった、全員ぎゃくさづされてるでないの。たまげたんだけど、しがたねからアジドさふんばった(“戻った”の意か)のよ。そしたら、“ごぐろう”て、給金くれるんだ。こりゃいいやて、味しめちゃってどんでらまんちゃ(“凄く良かった”の意か)。それがら仕事の度に切り株見つけて倒れてだんだ。ちょっと倒れでるだけで、みんなばだばだやられで、放映時間(“仕事の時間”の意か、詳細不明)済んじゃうんだもの。」この言葉からは察せられることは一つしかない。そう、戦闘員が仕事をこなしてなお生き残る最良の方法は、死んだ振りをして、やられた仲間と共に倒れていることだったのである。
 そうであれば、前述二つの訓辞は、見事にその秘密の全容を垣間見せてくる。すなわち、戦闘員のうちは、皆と同じ服を着て、皆と同じ事しか言わないでいることだ。そうして自らを没個性と化し、普段から集団の中に埋没させるていらばこそ、自分の演技を相手に悟られずに済み、死線隣り合わせの修羅場を生き抜くことが出来ると。どうかね、お爺ちゃんの説教も少しは役に立つだろう? 揺り椅子に揺られながら、栄光の過去を思いつつゾル大佐は語ったものだ。あぁ素晴らしきは先人の知恵。(しかし、一人がやられた時に同時に全員がひっくり返ってしまうのは拙い、ノリダーと闘った戦闘員は編集されたフィルムの裏でどんなに悲惨な目にあったことだろう...。)
 運悪くヒーローにとっ捕まった戦闘員は、肉食獣のお眼鏡に適った草食獣よろしく、ご愁傷様、となるわけで、ここに、ヒーローにある戦闘員一人がなぶりものになっている時に他の者達がそれを助けもしないで遠巻きに見ている理由が判明する。肉食獣の食事中は自分は安全なのだ。
 まぁ、物心付いてから無個性で慣らした日本の学生であれば、この手で無事戦闘員時代を乗り越えられることは確実だろう。

・ 怪人は、引き際を見極めるべきである。

 怪人に昇進すると、前述の手段が通じなくなることは明らかである。現場の先頭員たるべき怪人は、率先してヒーローとの仕事をこなさなければならないのである。だがそうなると、死なない方法を見つけるのは非常に困難を伴う。だからこの項目は単純明快に逆転の発想をしている。戦ったら死ぬ、じゃぁ戦わなければいい、ということだ。
 残業までして必死で練った計画が、ヒーローによって潰されてしまう事に憤りを感じるのは痛いほど判る。だが、それだからといって短気に向かっていったのでは、折角の人生設計も水の泡、一蹴りに消ゆ朝の露だ。死んでしまっては元も子もない。眼前にちらつく成功手当に目を瞑り、妻と子は、後に残った35年ローンはと考えて、ぐっと我慢の小泉八雲だ。ヒーローが現れたら、戦ってもいないのに、「ふっふっふ。今日はこれ位で勘弁しといてやる。」と、新喜劇風の科白を吐いて立ち去る位のことをしないと、明日の幹部への道はない。尻に帆かけて逃げ出しつつも、背中で哀愁を出すハンフリー・ボガードなカメ・バスーカでないと、怪人はやってられない。
 しかしこの方法を実際にとって、果たして上司に許されるのかという意見もある。確かにそうだが、一つの着ぐるみで一ヶ月保たせる方針の低予算の支部に入るというような、先を見越した就職も大切であろう。

・ 怪人は、目立つべきである。

 ここまで来るとやけくその様に聞こえるかも知れないが、実はそうではない。大仰な作戦を立てて、ヒーローを大いに苦しめれば、例え殉職したとしても、その後人気があがり、再生怪人として復活する事が出来るからである。デザインの良さも勿論であるから、将来を考えるならば、金を惜しまずしっかりした造形師に頼むべきである。

 さて、これまでに述べてきた様な努力の結果、あなたが無事幹部、場合によってはそれ以上の存在になったときにはどうすればよいか。これについては、同社の長い歴史を通じて、そのスタイルは確立されているため、それを踏襲することになる。それも紹介しておこう。
 部下に接する場合は、背広を身につけ(青○やトリ○ではいけない)、十分光量の大きなライトを自らの背後から照らし、逆光状態にしておく。この前で自らはイスに腰掛け、足を組んで相手から顔を見られないようにする。黒猫などを膝に置いて撫でているとよりらしさが出るだろう。姿勢に関しては十分威厳を保つことが重要である。猫付きで猫背だったりすると縁側老人になってしまうからだ。
 部下の失敗には容赦してはいけない。そうした場合は他の部下を集め、見せしめをすると効果的である。格好良く極めたいのなら、部下が立つ位置には予め落とし穴を掘っておくべきだ。だがこの場合、該当者の位置と別の場所が開いてしまっては間違って落ちた人が可哀相だし、第一場が白けてしまうので、細心の注意が必要である。(だからと言って、「ささ、どうぞこちらへ。」などと低姿勢に招いてはいけない。)部屋中に無数の穴を掘って臨機応変に対処する位の用意周到さが欲しいものだ。(健忘気味の人は始めから止めた方が良い。ソウ・デシュラーは、「ガミウスに下品な男は不要だ。」と言う際、自分が落ちたことがある。)
 話しかけるときは自分で語りかけるのも悪くはないが、神秘性を出したいときには予め朗読しておいたテープを流すと効果的だ。濁声で一昔前の政治家のようになってしまう人は、声優を雇うのも良い。この場合、城達也氏が適任であるが、昼間でも眠くなってしまう可能性がある。納谷悟郎氏に依頼するのも良いだろう。だが氏の場合は、自分は鷲の壁画の後ろに待機していないといけないため、出たがりの御仁には不向きだ。逆に、広川太一郎氏や千葉繁氏に頼むのは感心しない。アドリブを入れられかねないからだ。(「失敗? 気にしない気にしない、失敗失敗、居酒屋で返杯、なんちって。」なんて言われたらどうしてくれるのだ。)また、仕事を頼みやすいからと言って、こおろぎさとみは論外である。
 納谷氏の部分でも述べたが、部下に面と向かって会わないのはカリスマを高める重要な手段の一つで、同社内でも多用されている。この場合は、一回聞くと発火するテープに声を入れて指令を出すのがメジャーな方法だが、自分の声を入れてるときに発火する危険が常にあるため、消火器を常備するように。それが面倒くさい場合は、三人乗りの自転車のハンドルに無線機を取り付けておいて、逃げ出す部下にお仕置きを加えるという手もある。
 敵に捕まってしまった部下は、敵が問い正そうとする瞬間に暗殺しなければならない。敵を狙えとか、そんな戦力があったら主戦力に回せとか野暮を言ってはいけない。これは闘いのマナーなのである。敵と対峙する際のエチケットを守らないと、部下に信頼されないのである。

 世界征服への道のりは、こうしてあなたの前に開かれることになる。あなたはその後、少し硬めのソファに腰掛け、部下に命じた作戦の大局を見守りながら、自身の抱いた野望の達成を夢見るのだ。そうした未来が実際に起きたとき、悪の秘密結社における成功の秘訣を記した本稿が、あなたの野望に一役買うことになっていたならば、著者としてこれに勝る喜びはない。
 だがもし万が一、最後の一歩で仕事の失敗が致命的になり、ヒーローが本社に雪崩れ込んで来ることになったらどうすればよいか、本稿では我ながらご丁寧だと思うのだが、そうした場合に言うべき言葉も用意しているから、いざとなったら使うことをお薦めする。
「私が滅びても、第二第三の私が出て来るだろう!!」





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