ゴジラが出た! そのときあなたは

加藤法之



 阪神大震災で多くの尊い犠牲者を出した例を挙げるまでもなく、突発的に起こる大地震に、我々は成す術を知らない。もし遠くで起こった出来事だとしても、津波のように高速で襲いかかる災害には、奥尻島の悲劇のようなことになる。人はその度に涙し、諦観に身を震わせる。
 それでは、奴の場合ではどうなのか?
 ゴジラなら。

 ここに一冊の小冊子がある。手にとってまず表紙に目をやると、その下部には二人のヒトを模したデザインが描かれ、中央部には、軽々と電車を口に喰わえ、周囲のどんな建物よりも高く聳え立つ怪獣の姿が、モノクロの写真で丸くレイアウトされている。そして一番上にはこう記してある、"ゴジラが出た! そのときあなたは"。

 これは政府公報が刊行した、ゴジラ出現時の避難マニュアルである。一般家庭に広く配布された物だから、まさか持っていない方はいないと思うのだが、たまたま引っ越した市町村が配布済み地域だったり米軍の直轄地だったり、親が猥褻本と間違えて捨ててしまったという人のために、内容の紹介と、若干の解説をしようと思った次第である。

 上質紙でB5サイズ,真ん中をホチキスでとめただけの全8ページ、一見では他の刊行物とほとんど差異を見出せないほどシンプルな本に仕上がっているのは、徒に国民に刺激を与えないようにとの配慮であろうか。全三章で成り立っており、一章は"ゴジラ襲来の告知"、二章は"ゴジラ襲来時の避難"、三章は"罹災時の対処法"となっている。最後のページには総理府,防衛庁などの文字の他に、編纂協力として芹沢,一ノ谷等の名が載っている。発行は平成になってからだ。(二人ともその時には他界されている。生前の研究を参考にしたか、あるいは単なる権威付けであろう。)以下、冊子中からの引用は、字体を変えてある。


はじめに
 毎年のようにやってくるゴジラに対し、あなたの備えは万全ですか? ご親族の方々に、うっかり踏みつぶされてしまった方はいませんか? そんな悲劇を無くすためにも、この教本をしっかり読んでください。たとえ窓からゴジラが覗いていたとしても、慌てず騒がず、落ち着いてこれから書いてあることを実行しましょう。そうすれば  安心です。
(筆者注.空白も原文のママ)

第一章 ゴジラ来襲の告知
第一種警戒宣言
 ゴジラ発見をTV,ラジオ,新聞などの報道機関により報じます。(場所と発見時間、発見時の様子,発見者のインタビューなど。)臨時ニュースや天気予報枠にお気をつけ下さい。ただ、ゴジラは海性生物のため、この段階ではまだ皆さんの所から数百キロ離れた海にいることがほとんどです。後記の避難用品を準備する程度でよいでしょう。

 希には現場からの生中継も試みられる。新人アナウンサーの登竜門といわれる。このシステムの歴史は古く、旧ラジオ局電波塔からの"死んでもマイクを離しませんでした"中継はよく知られている。

第二種警戒宣言  いよいよ皆さんの街をゴジラが通ることになった場合に、最寄りの地方公共団体にある報知システム(役所や学校のスピーカーなど)より警報が発令されます。予定のコース、歩行速度、被害状況、あと何mなどを知らせます。この警報を聴いたら、直ちに所定の用意を携えてから各自の避難を行って下さい。(ごく希に鳴き声で聴こえないこともありますが、そんなときはゴジラがかなり近づいていると判断して下さい。)

 ゴジラの歩行速度はその時の体調,機嫌,フィルムの相場、高島易等の相関で決定されているようだが、'95理科年表には52.0km/h(法務省調べ、追い風参考)と記載されている。
 防衛庁もしくは海上保安庁からのゴジラ発見の報が政府に届くと、各市区町村にオンラインで情報が伝達される。発見からここまでは一分以内で行われる。そして上記のような警戒宣言が発令されることになるのであるが、地方自治権を尊重して、即時召集された同地方議会での採決を必要とする。(出席者が議員の三分の一以上を越えていることが望ましい。)

第二章 ゴジラ襲来時の避難
第二種警戒宣言が聴こえたら、直ちに以下の物を揃えて下さい。
非常食 救急品 身分証明 健康保険証 印鑑 預金通帳 ラジオ 現金 土地台帳 家族の写真 家族のDNA情報 遺書 寝たきり老人(必要な方のみ)
 以上の物を袋に詰めたらさぁ避難です。といっても心配はいりません。これまでの経験から、ゴジラの生態はかなり詳細に分かっています。次のような点に注意して逃げる方向を決定すれば、皆さんに危害が及ぶことは  ありません。
(筆者注.空白は原文のママ)
  離れた方が安全と思われる地域を列挙します。
  ゴジラのいる方向
  ゴジラの進行方向
  火災が発生している方向
  他怪獣のいる場所
  原発の近く
  都心部
  観光名所周辺(名所そのものは安全な場合もあります。映画会社との資本系列を考慮に入れると便利 です。)
  安全と思っている場所

 "安全と思っている場所"
というのは、逆説めいた表現であるのだが、ゴジラに関しては一つ所に留まっていること事態が危険であることを示す。地下街だろうが核シェルターであろうが上を通られたらおしまいなのである。(記録映像中には希に、瓦礫が頭に当たっても平気な顔をしている者もいる。)

 有効な避難所には、次のような場所が考えられます。
  一度通った場所
  既に破壊された場所
  過疎地
  沢口靖子の近く

 避難中にやってはいけない行為を列挙します。他の皆さんの迷惑にもなりますから、絶対にやらないようにして下さい。
  車による移動(公共交通機関による移動はできます。70歳を越えるお年寄りはカードを提示下され ば無料になります。また、環状線には注意して下さい。)
  自衛隊の妨害
  放火
  超能力勝負
  目立つ行為
  ゴジラの挑発

 生態学的に見てかなり有益なことが示唆してある。ゴジラは火を好み、また直進性を信条としているからである。だから基本的には、ゴジラから逃れるにはゴジラの進行方向でしかもゴジラの横幅の部分から逃げ出せばよいことになる。
 そこで、やってはいけないことの中でも最もまずいのが挑発ということになる。人一人が騒いだとてそうそう向きを変えることはないが、うっかりおふざけが過ぎると放射能火炎が降り注ぐことになるからだ。そうなっては、周囲の顰蹙は免れまい。挑発は自衛隊に任せておけばよいのである。(逆に、周囲の人間にそういう者がいないかもチェックせねばならない。SNK系の人間には特に注意が必要である。)

第三章 罹災時の対処法
 ゴジラが行ってしまったらもう安心です。ご自宅に戻ってくつろいで下さい。不幸にも罹災された方は、ひとしきり破壊家屋を呆然と見つめてから復興の元気を取り戻して下さい。生きていれば何とかなります。罹災現場に放射能が残っている心配はまずありません、ゴジラは放射能を吸収しながら進んでいくためです。所定の被害を最寄りの役所に届けて罹災証明を受け取って下さい。ゴジラ保険の適用を受けられる方は、この時に忘れずに提示して下さい。ご自宅の跡地にテントを張るかお近くの避難所に行かれるかは各自の判断におまかせします。
 ここでは主に被災家屋に限定して記述している。ゴジラに踏まれたり、焼かれたり、建物の下敷きになった者はおそらく死んでいるだろうという推定に基づいているためと思われる。
 ゴジラ保険とは、ビオランテ戦の前後から設けられたX生命主催の損害保険である。被害額全額が戻るので、それを元手に新たに事業をやり直すことができる。ゴジラは都心部を狙うことが多いので、該当地区の方は多少高くても入っていた方が無難であろう。今やこの再開発にかける資金が日本の景気の一翼を支えるまでになっていることは、ゴジラの一長一短性をよく表していると思う。が、経営難の企業がゴジラ襲来をを当て込んで同保険に加入することも多く、ゴジラが去った後に、罹災地以外での自殺者が増えるといった困った社会現象も存在する。(注.筆者の知り合いは四日市に住んでいるが、かの"モスラvsゴジラ"時に罹災されたそうだ。氏の御母堂はその話になる度「あの頃はゴジラ保険がなかったからねぇ。」と語っていたそうである。)また、同保険の適用範囲はゴジラ災害に限られるので、「怪獣だ!すわ保険だ。」と勇んでつぎ込むと、アンギラスやゴロザウルスに壊されて泣くに泣けない事態になっている気の毒な人々がいることも触れねばなるまい。

おわりに
 いかがでしょうか。以上の文をよくお読みいただき、その指示に従って行動すれば、ゴジラからは  無傷で生き長らえることができます。ご自宅の崩壊は嘆くべきことですが、ご自身と家族が健康であれば、その後の生活に不満はあっても悲嘆はありません。そのためにも、この小冊子を大事に保管していざというときに備えて下さい。ゴジラとの共存が我々日本国民の避け得ない運命ならば、その被害をいかに小さくとどめるかに修身するのは、決して無意味な行為ではないのですから。
(筆者注.空白も原文のママ)

 何となく、自衛隊がゴジラを倒せないことを婉曲的に隠蔽しているように感じるが、税収源と票田を守りたいという政府の姿勢が垣間みえるところが微笑ましい。"ゴジラからは"という文字も気になるところだ。

 さて、以上が小冊子の全文である。同冊子は国勢調査の用紙と共に全国家庭に配されたから、国民のほとんどが目を通している筈であるが、さて、その効果はあったのであろうか。喜ばしいことに、これが国民の啓蒙に十分役に立ったことが示されている資料がある。"ゴジラvsビオランテ"〜"ゴジラvsスペースゴジラ"等の貴重な記録映像を見ると、ゴジラの通った後方には驚くべきことに新幹線が走り、ゴジラの前方を逃げる避難民は、皆笑っているのである。



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